大熊ワタル気まぐれ日記:2007-02-02
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2007年02月02日(金)
「とてもお利口とは思えない・・・オリコン個人提訴事件の問題点」
●当世音楽解体新書 (planB通信07年2月号より)
「とてもお利口とは思えない・・・オリコン個人提訴事件の問題点」
先月号でも少し触れたが、音楽のヒットチャートで知られるオリコンが、批判的なジャーナリストに対し高額訴訟を起こしたという問題について検討してみよう。
あらためて経緯を整理すると、昨年末オリコンは、ジャーナリスト烏賀陽(うがや)弘道氏(※1)が、雑誌「サイゾー」2006年4月号の記事にオリコンチャートの信憑性を疑問視するコメントを提供したことに対し、事実無根の中傷であるとして、雑誌編集部ではなく烏賀陽氏個人に対し、5000万円の損害賠償訴訟を起こした。
記事中のコメントで烏賀陽氏は、オリコンのヒットチャートについて「調査方法をほとんど明らかにしていない」「予約枚数もカウントに入れている」などと指摘。これに対しオリコンは、「1968年のランキング開始以来調査方法を明らかにしてきており、予約枚数もカウントに入れたことはない」などと反論。また、サイゾー誌の記事だけでなく、烏賀陽氏が以前から、「長年に亘り、明らかな事実誤認に基づき、弊社のランキングの信用性が低いかのごとき発言を続け」、「ジャーナリズムの名の下に、基本的な事実確認も行わず、長年の努力によって蓄積された信用・名誉が傷つけ、損なわれることを看過することはできないことからやむを得ず提訴に及んだ」としている。
これに対し、烏賀陽氏は、指摘した問題に関しては、業界関係者の間では広く共有されている認識であること、またオリコンも出版社であり、言論に対しては言論でたたかうのが筋で、「意見が違うものは高額の恫喝訴訟で黙らせる、というのは民事司法を使った暴力」であり「言論・表現の自由という基本的人権」の侵害であると反論。
この件に関し、音楽関係ライターらを中心にネット上では、オリコンの対応を疑問視する多くの声があがっている。とくに、音楽ライター・津田大介氏のブログ「音楽配信メモ」は、オリコン批判ありきではない、バランスを意識したスタンスながら、充実した分析、取材で参考になる(※2)。また、訴訟準備で経済的な負担が大きい烏賀陽氏を支援するカンパ募金サイトも出来た(※3)。一方、既成のマスメディアの反応は鈍く、ごく一部が短信を流した程度。その多くは、ろくに取材もせず、もっぱらオリコンの声明を引き写したようなものだった。(HP「うがやジャーナル」参照)
オリコン側は、烏賀陽氏だけ訴えた理由を、「氏自身が責任をもつ記事だと明言している」ことから、雑誌側への責任は問わなかったのだという。しかし、烏賀陽氏のコメントは記事中のごく一部で、記事の基本的論調は、あくまで編集部の責任にあることは明白だ。オリコンの論理は、強引と言うしかない。
また、なぜ5000万という高額の損害請求額なのか。オリコン側は、「賠償金が欲しいのではなく、これ以上の事実誤認の情報が流れないように抑制力としたい」という。また当初、烏賀陽氏が謝罪して訂正すれば訴訟を取り下げてもよい、という社長のコメントも出していた。オリコンは、烏賀陽氏があっさり引き下がると踏んでいたかもしれない。
オリコンの不可解なこじつけは、それだけではない。烏賀陽氏が、「長年にわたり他のメディアでも」敵対してきたというが、今回の記事以外では、03年のAERA誌での記事ぐらいしか前例がないという。しかも、烏賀陽氏の指摘は、彼独自のものというより、業界関係者に広く共有されている認識なのであり、結局、これは、目障りな批判者を、札束で引っ叩き、潰そうという暴力以外の何なのだろう。
具体的な損害等について認定を争うのではなく、訴えること自体が目的ということになれば、禁じ手である訴訟権の濫用として、オリコンの自縄自縛(自爆?)になるだろうという見方もある。しかし、このような企業から個人に対する「戦略的訴訟」が、国内外で増えているそうだ。この「訴訟テロ」を放置すると、どういうことになるのか。たとえばIT情報アナリスト・横山哲也氏は、以下のように警鐘を鳴らす。
「批判に対して,反論し,謝罪と訂正を要求するのが言論の常識とすれば,いきなり訴訟に持ち込むのはまさに暴力であり、言論の否定である。このような行為が許されるのであれば,大企業への批判は誰もできなくなる。ジャーナリズムの危機である。にもかかわらず,既存メディアの動きは極めて鈍い。訴訟の行方も気になるが,マスコミの鈍感さはもっと気になる。」
たしかに、他人事ではないはずなのに、ジャーナリズム全体の問題だ、というような認識が、ほとんど見当たらない。本当に危険なのは、そこなのかもしれない。(2月13日に、東京地裁で第1回口頭弁論が開催される。)
(1)フリージャーナリスト烏賀陽弘道氏は、元AERA記者で、『J-POPとは何か』などの著書がある。HP「うがやじゃーなる」
http://ugaya.com/
には、サイゾー記事・本文はじめ、メディア各社の記事・取材のあり方についての一覧など、興味深い内容がアップされている。
(2)津田氏が取材した複数の業界関係者のコメントは、実に興味深い。それらは、オリコンチャートを信頼するにせよ、しないにせよ、チャートは(限定的にせよ)操作可能らしいと示唆している。ここから
(3)「オリコン個人提訴事件を憂慮し、烏賀陽弘道氏を支援するカンパ活動 」
http://d.hatena.ne.jp/oricon-ugaya/20070124/1169640998
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2007年03月02日(金) 15:18
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「とてもお利口とは思えない・・・オリコン個人提訴事件の問題点」
先月号でも少し触れたが、音楽のヒットチャートで知られるオリコンが、批判的なジャーナリストに対し高額訴訟を起こしたという問題について検討してみよう。
あらためて経緯を整理すると、昨年末オリコンは、ジャーナリスト烏賀陽(うがや)弘道氏(※1)が、雑誌「サイゾー」2006年4月号の記事にオリコンチャートの信憑性を疑問視するコメントを提供したことに対し、事実無根の中傷であるとして、雑誌編集部ではなく烏賀陽氏個人に対し、5000万円の損害賠償訴訟を起こした。
記事中のコメントで烏賀陽氏は、オリコンのヒットチャートについて「調査方法をほとんど明らかにしていない」「予約枚数もカウントに入れている」などと指摘。これに対しオリコンは、「1968年のランキング開始以来調査方法を明らかにしてきており、予約枚数もカウントに入れたことはない」などと反論。また、サイゾー誌の記事だけでなく、烏賀陽氏が以前から、「長年に亘り、明らかな事実誤認に基づき、弊社のランキングの信用性が低いかのごとき発言を続け」、「ジャーナリズムの名の下に、基本的な事実確認も行わず、長年の努力によって蓄積された信用・名誉が傷つけ、損なわれることを看過することはできないことからやむを得ず提訴に及んだ」としている。
これに対し、烏賀陽氏は、指摘した問題に関しては、業界関係者の間では広く共有されている認識であること、またオリコンも出版社であり、言論に対しては言論でたたかうのが筋で、「意見が違うものは高額の恫喝訴訟で黙らせる、というのは民事司法を使った暴力」であり「言論・表現の自由という基本的人権」の侵害であると反論。
この件に関し、音楽関係ライターらを中心にネット上では、オリコンの対応を疑問視する多くの声があがっている。とくに、音楽ライター・津田大介氏のブログ「音楽配信メモ」は、オリコン批判ありきではない、バランスを意識したスタンスながら、充実した分析、取材で参考になる(※2)。また、訴訟準備で経済的な負担が大きい烏賀陽氏を支援するカンパ募金サイトも出来た(※3)。一方、既成のマスメディアの反応は鈍く、ごく一部が短信を流した程度。その多くは、ろくに取材もせず、もっぱらオリコンの声明を引き写したようなものだった。(HP「うがやジャーナル」参照)
オリコン側は、烏賀陽氏だけ訴えた理由を、「氏自身が責任をもつ記事だと明言している」ことから、雑誌側への責任は問わなかったのだという。しかし、烏賀陽氏のコメントは記事中のごく一部で、記事の基本的論調は、あくまで編集部の責任にあることは明白だ。オリコンの論理は、強引と言うしかない。
また、なぜ5000万という高額の損害請求額なのか。オリコン側は、「賠償金が欲しいのではなく、これ以上の事実誤認の情報が流れないように抑制力としたい」という。また当初、烏賀陽氏が謝罪して訂正すれば訴訟を取り下げてもよい、という社長のコメントも出していた。オリコンは、烏賀陽氏があっさり引き下がると踏んでいたかもしれない。
オリコンの不可解なこじつけは、それだけではない。烏賀陽氏が、「長年にわたり他のメディアでも」敵対してきたというが、今回の記事以外では、03年のAERA誌での記事ぐらいしか前例がないという。しかも、烏賀陽氏の指摘は、彼独自のものというより、業界関係者に広く共有されている認識なのであり、結局、これは、目障りな批判者を、札束で引っ叩き、潰そうという暴力以外の何なのだろう。
具体的な損害等について認定を争うのではなく、訴えること自体が目的ということになれば、禁じ手である訴訟権の濫用として、オリコンの自縄自縛(自爆?)になるだろうという見方もある。しかし、このような企業から個人に対する「戦略的訴訟」が、国内外で増えているそうだ。この「訴訟テロ」を放置すると、どういうことになるのか。たとえばIT情報アナリスト・横山哲也氏は、以下のように警鐘を鳴らす。
「批判に対して,反論し,謝罪と訂正を要求するのが言論の常識とすれば,いきなり訴訟に持ち込むのはまさに暴力であり、言論の否定である。このような行為が許されるのであれば,大企業への批判は誰もできなくなる。ジャーナリズムの危機である。にもかかわらず,既存メディアの動きは極めて鈍い。訴訟の行方も気になるが,マスコミの鈍感さはもっと気になる。」
たしかに、他人事ではないはずなのに、ジャーナリズム全体の問題だ、というような認識が、ほとんど見当たらない。本当に危険なのは、そこなのかもしれない。(2月13日に、東京地裁で第1回口頭弁論が開催される。)
(1)フリージャーナリスト烏賀陽弘道氏は、元AERA記者で、『J-POPとは何か』などの著書がある。HP「うがやじゃーなる」http://ugaya.com/ には、サイゾー記事・本文はじめ、メディア各社の記事・取材のあり方についての一覧など、興味深い内容がアップされている。
(2)津田氏が取材した複数の業界関係者のコメントは、実に興味深い。それらは、オリコンチャートを信頼するにせよ、しないにせよ、チャートは(限定的にせよ)操作可能らしいと示唆している。ここから
(3)「オリコン個人提訴事件を憂慮し、烏賀陽弘道氏を支援するカンパ活動 」
http://d.hatena.ne.jp/oricon-ugaya/20070124/1169640998