review

GHOST CIRCUS

地表に近い音  テキスト:高橋健太郎   

地表に近い音。シカラムータの演奏を聞いていると、そんな風に思えてくることがある。 ゆっくりと行進を始めた楽隊は、やがて、力強く地を踏みしめていく。時には激しく地を蹴って、全力疾走もする。 アンダーグラウンドではない。かといって、上昇したり、浮遊したりすることもない。限りなく地表に近いところで、彼らはただただ進む。

音楽は進歩するかどうか、という問いがあるけれども、シカラムータを聞いていると、まだまだ前進することは出来るんだ、とは思えてくる。丸い地球の地表の上を彼らは前進し続けていく。それは進歩ではないのかもしれない。少なくとも、実験だの進化だのといった言葉はシカラムータの音楽にはあまり似合わない。彼らの休みない前進は、もっとハードコアな肌合いを持ったものだから。

クラリネット奏者の大熊ワタルがこのグループを始動させて10年。この2004年に発表される「ゴースト・サーカス」は3枚目のアルバムになるが、ここに至って、シカラムータはひとつの塊になった気がする。かくもアクの強い個性を持った演奏者を集め、かくもユニークな楽器アンサンブルを生み出しながら、今の彼らはグループ全体が塊となって前進する。あたかも、スリーピースのハードコア・パンク・バンドのように。

ジンタやチンドンを糸口にして、時空を超えた様々な地球音楽の融合を試みてシカラムータの音楽性も、もはや解析不能な部分が多くなった。メンバーそれぞれが血肉化してきた多種多様な音楽性が瞬時に交錯して、今、ここにしか生まれ得ない異形のサウンドとしてスパークする。アルバム・タイトルが指し示すように、アカデミックな理解など不要なソニック・サーカス。思考のスピードを越えたスペクタクルが、アルバムを聞き進むほどにやってくる。と同時に、その言葉のない音楽はかつてなく雄弁にメッセージを語るようになったように思う。愛とユーモアと反逆精神に満ち満ちた演奏は、この地表に生きなければならない民への讃歌であり、挽歌であるようにも響く。あるいは、心優しき死者達が、シカラムータと一緒に祝い踊っているような、そんなイメージすらふりまくのが、この「ゴースト・サーカス」だ。

そして、楽団は地を踏みしめてまた前進する。静かに後ろに着いていくのも良いかもしれない。世界にも稀有な音楽を奏でる、このグループの行く手には、きっと、僕達が想像もしなかった何かが待っている。そんな気がするのだ。

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 曲目解説

●ゴーストヂンタ(序);作曲・大熊ワタル
凄い夕焼け空を見たりすると、大きな気持ちを思い出したりする。そんな感じの曲。
録音中はフィナーレ的な曲のつもりだったが、あべこべにオープニングとなった。
(ところで、1枚に1曲は必ず大太鼓を入れることにしているのだが、今回は時間切れ
で生音では断念、音源データでダビング…ということになった。ところが、ミックス
中に大太鼓のデータが行方不明に…、それをよいことに、スタジオの空き時間に速攻
で生の大太鼓もダビング。かくして目出度く大太鼓伝説は復活!)

●PILLOW WALK;作曲・大熊ワタル
1年ほど前、架空のイベントのマクラの曲として考えた。枕が勝手に歩き出すって、
いいでしょ?

●STARA PLANINA;作詞/作曲・吉田達也

ZHANMAR YAMM KHANNA
ZHANMAR YAMM KHANNA DIHRR

題名はずばり「バルカン山脈」の現地名から。ちゃんと地図にも載っていた。

●不屈の民;セルジオ・オルテガ
原曲は、約30年前チリの民主化・反軍政の街頭運動で歌われた歌。亡命したフォルク
ローレ・グループのキラパジュンの歌や、アメリカの作曲家ジェフスキーの変奏曲で
も知られる。
個人的には20年程前、竹田賢一氏らの呼びかけによるコンタンポラン・オーケストラ
に参加して知った曲だ。このオーケストラはバリバリの凄腕から僕のような駆け出し
まで、多様なメンバーによる、いわばフリーロック・オーケストラで、キース・ティ
ペットの「センティピード」などを参考にしたものと思われるが、当時の東京アン
ダーグラウンドシーンから多士済済20〜30名の有象無象が集まっていた。
僕が参加したコンタンポランのライブには、ちょうどチリから亡命中の活動家が見に
来ていたが、この曲が始まると、それまで客席の奥で仁王立ちに腕組みしていたの
が、さっと顔色を変えると、やおら大股でステージに近づいてきて歌いだし、演奏の
あと、みんなと握手して廻ったのを覚えている。
このとき、この美しいメロディーは、僕の中にも長く親しむべきものとして住み着い
たようだ。

●眠り男の遁走;作曲・大熊ワタル
 悪夢からの逃走…というような曲調から、「カリガリ博士」に出てくるキャラク
ターのことを思い出した。子どもの頃、家にあった百科事典に何の項目だったか、眠
り男ツェザーレ(コンラート・ファイト)の怖いけど見ずにはいられないカッコイイ
写真があって、ゆがんだ書割のセットとともに僕の脳裏に深く刻み込まれている。

●カリガリ;作詞/作曲・大熊ワタル

舎利婆利 娑婆羅婆! 舎利 婆裸薔薇!
舎利婆利 娑婆裸婆! 舎利 婆裸薔薇!

舎利婆利罵詈 娑婆裸婆裸婆 舎利薔薇 舎利婆利罵詈 娑婆裸婆  
舎利婆利罵詈 娑婆裸婆裸婆 舎利薔薇 舎利婆利罵詈 娑婆裸婆
  
 もともと同名の表現主義映画をイメージしていたわけではなく、単に仮タイトル
「仮の仮」ならカリガリだ…と駄洒落のように連想して付いたタイトルだった。しか
し、録音にあたっては、本来オプションとしてイメージの中にあった不気味なハーモ
ニーを実現するなど、多少は「カリガリ博士」の世界に近づいていったかもしれな
い。
 ※ちなみに映画は、結末で典型的な夢落ちになっているが、オリジナル脚本にはな
いものを、監督が無理やり付け足したらしい。その結果、権威の恐怖を告発するはず
のストーリーは、「病んだ若者の回想」に歪められてしまった(S・クラカウアー
『カリガリからヒトラーまで』)。この曲はもちろん、オリジナル脚本の精神を尊重
するものである。

●HERAKLION;作詞/作曲・吉田達也、編曲・大熊

JYUZZE GESSEL GWONICKA MUGHE VARRIDHA
JYUZZE GESSEL GWONICKA MUGHE VARRIDHA

ギリシャ神話か、はたまた遺跡フリークの連想か? 聴いてのとおり吉田節が炸裂で
ある。

●鳥の歌;スペイン・カタルーニャ民謡(テーマは千野秀一の編曲による)
 いうまでもなく、チェロの神様パブロ・カザルスの名演(と「私の故郷では鳥たち
でさえピース、ピースと鳴くんだよ」という国連での名MC)で知られる曲。この島
ではA-MUSIKの定番曲として聞き覚えのある人もいるだろう。僕もA−MUS
IKで憶えて、その後、管楽器アンサンブルで演奏するようになった。

●光線とふいご;作曲・大熊ワタル(テーマは篠田昌已のモティーフによる)
 山谷のドキュメンタリー映画(1985)で、はじめて篠田昌已と共同作業をすること
になった時、お互いに持ちネタを交換したことがある。そのとき彼の出した短いモ
チーフがこの曲の元になっている。ひと目見て、それだけでは短すぎるが、膨らまし
たらいいものになるだろうと思っていたのだ。
 その後も、元が自分のネタではないし、カタチにする状況になかったが、折に触れ
て少しずつアイディアが浮んでくるので、彼の10周忌を機に、実演レパートリーにあ
げることにした。
 曲名は、宮沢賢治の詩「告別」に出てくる「光のオルガン」にちなんでいる。
(ライナーでは当該箇所を引用? 図版で?)

●平和に生きる権利;ビクトル・ハラ
 「不屈の民」や「鳥の歌」もそうだが、もちろん、この狂ったご時世に向けて、こ
の曲(&曲が背負っているメッセージ)を真正面からぶつけてみたい、という気持ち
がある一方で、楽士としては、このシンプルで美しいメロディーたちをひたすら、黙々と奏でている
だけで充分…、というような気持ちでもあるのが正直なところだ。とにかく
自然に響いてくれれば本望だし、それだけ飛距離のある曲だと思う。

●ゴーストレクイエム;作曲・大熊ワタル
 
ワナ 頼みがあるんだ。
阿空 何だ?
ワナ 音楽を作ってほしいんだ。ワナのために。
阿空 ワナ?
ワナ 俺の友達なんだ。
阿空 死んだのか?
ワナ 地下道で焼かれて。頼むよ、阿空。
阿空 一人のためには作れない。
ワナ わかってるよ、沢山の中に混ぜてくれればいい。できあがったら俺が息を吹き
込むから。必ず俺が息を吹き込むから。
阿空 了解した。
〜野戦の月『罠と虜』(桜井大造作)より

きっかけは2002年の春、神戸で不条理な暴力(と県警の不手際)の犠牲となり亡く
なった大学院 生・浦中邦彰君がシカラムータのリスナーだったことを知って書かれた
曲。はじめ「レクイエムのためのスケッチ」というタイトルだったが、次第に組曲と
なっていった。エンディングには、器楽曲としてはこれ以上ないくらい明瞭な非言語
的メッセージが提示されている。

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